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記憶と像の関係


UNMANNED 無人駅の芸術祭大井川


connect-UNMANNED 無人駅の芸術祭大井川2019-


2019年の春、大井川鐵道沿線にて開催されたUNMANNED無人駅の芸術祭に参加させていただいた。 その昔、若い家族や子ども達で賑わい、駅が後でできるほどだった大和田駅。 かつて賑わった駅前の集落に暮らす人はごくわずかだ。


旅客は窓の外の風景に思いを馳せ、暮らす人々は鐵道で日々時間を整える。


扉が開き、車内と駅がひとつになる時、駅に漂う人の記憶や思い、空想や夢などは、何かと何かを繋ぐかのように、駅を彷徨い、漂い、行き交っているのかもしれない。




私はアーティストの蔵内彩子と共に、それらを駅にとどめおくよう試みた。


私は、車内の窓の様子をメインに、大和田の営みをデジタルネガフィルムに写し、彼女は、駅に漂うイメージを、大井川葛布の葛と静岡県の綿糸を用いてとどめる。

テーマは、connectだ。




市営住宅には諸所、かつてそこにあった営みが散らばっている。

小さい頃の故郷と自分とを重ね合わさるかのような情景もある。


この芸術祭に参加する前から記憶と像についてずっと考えているが、私の場合、たくさんの淡いイメージが脳の中を常に浮遊し、刺激を与えられることである瞬間に重なり、濃い像として結像する感覚を持っている。


記憶と像は、写真のプロセスに似たものなのかもしれない。

見返すから像を成し、記憶がよみがえる。それが写真の力。

となると、見返さなければ消えてゆくのが記憶と像の関係なのではないか。


見に来た人が、儚くて危うい記憶やイメージを、透過フィルムの像に重ねて何かを連想したり想起してくれれば‥そんな思いで制作と取材を重ねていった。



開催期間は約4週間。

大和田の自然の中、私たちは屋外展示に挑んだ。 綿や葛はしなり、たおやかに風をかわす。

一方で、ネガフィルムは、風に巻き上がり、桜の枝によって破損してゆく。

そうだ。

UNMANNEDとは、人がいないことでもあり、人ではないことでもある。

人によらないという意味もある。




破損したメインビジュアル。


-これこそが大和田駅の気配だ-


破損したカケラを毎日拾い集めながら、私は思った。

人ではない力が像に刻まれている。


そこに住む方々と何度となくお話をしたが、繰り返しなされたのは、風が強い話と昔の賑わいの話。

私たちは図らずもこのような形で、地元と繋がった。


芸術祭は、アートを媒介して地元と繋がるものだった。




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